二度の離婚を経験し、現在は軽井沢で猫5匹と暮らす作家の村山由佳さん。「思えば人生の節目にはいつも猫がいた」というムラヤマさんがつづる、小さな命と「ともに生きる」ということ――。
書籍の表紙を飾ったこともある、人気の姐さん猫〈もみじ〉の写真も満載。毎週2回更新なので、「猫エキス」のチャージにも最適です!
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#26

夏の庭

 まだうんと小さかった〈背の君〉との記憶をたどれば、そこには夏の庭がある。祖母の家にふさわしい、風格のある和の庭だった。

 陽射しが強いぶんだけ影が濃く、日陰の置き石はひんやりと冷たいかわりに、日向(ひなた)のそれは目玉焼きが作れるほど熱かった。

 灯籠(とうろう)の足もとにトクサや茗荷(みようが)が植わり、日ざらしの土塀のそばには背の高いヒマワリが1列に並んでいた。

 あれはたしか私が1年生、〈背の君〉が2つくらいの時だ。

 ヒマワリの巨大な葉っぱの上にアマガエルがいて、つやつやと輝くそれをそっと握って彼の小さなてのひらにのせてやると、冷たさにびっくりしたのか、ぱっと手を引っ込めた。足もとに落ちたアマガエルが、ぴょんぴょんと飛んで草むらに隠れた様子を覚えている。

 風の止まった午後、奥の座敷に座布団を並べ、2人して祖母に扇子であおいでもらいながらお昼寝をするのが日課だった。裏庭に面した渡り廊下をたどって、昼なお暗いお便所まで、彼に付いていってやったこともあった。

 そんな具合に、ある一時期はきょうだいのように親密に育った仲だ。私自身は、下の兄とさえ10も離れて生まれてきた末っ子の長女だったから、初めてできた〈弟〉が可愛くてしょうがなかった。彼のほうも懐いてくれて、どこへ行くにも「ゆかねえちゃん、ゆかねえちゃん」と私の後ろをとことこ付いてきた。

 でも、ありがちなことに、中学に上がる頃から私はあまり祖母の家へ行かなくなり、彼もまた多くの男の子がそうであるように、めったに現れない年上のいとこなんかとはあまり口をきかなくなっていった。

 私が大学2年の夏。中学3年の彼が、小学生の弟と一緒に東京の家に泊まりに来たことがあるけれど、これまた、私のほうはごくうっすらとしか覚えていない。たぶん、部活とアルバイトに忙しかったか(決して勉学にではない)、最初の彼氏である先輩とのおつきあいに頭がポーッとなっていたかのどちらかが原因だろう。

 それ以来、彼とは一度も会っていなかった。

 祖母が90歳を過ぎて亡くなる直前、私が大阪の病院へ見舞った時はすれ違いになってしまったし、お葬式には出られなかった。

 最後のほうはすっかり誰のこともわからなくなってしまっていたものの、子どもの頃からあんなに可愛がってくれたおばあちゃんだから、お葬式には是非行きたいと言ったのだけれど、当時結婚していた(例の猫嫌いの)旦那さん1号に、えらい剣幕で反対されてしまったのだ。

 

 

 

【おまけ動画】
「もみじさんのお食事」
本文には登場していませんが、もみじさんは元気です。

毎週 火・金曜更新(の予定)
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著者 村山由佳プロフィール

1964年東京都生まれ、軽井沢在住。立教大学卒業。1993年『天使の卵―エンジェルス・エッグ―』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞を受賞。2009年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞を受賞。その他の小説に『放蕩記』『ワンダフル・ワールド』『La Vie en Rose ラヴィアンローズ』「おいしいコーヒーのいれ方」シリーズなど、エッセイに『晴れ、ときどき猫背』『楽園のしっぽ』などがある。

猫プロフィール

  • もみじ(♀17歳 三毛)

    男を見る目のない作家のかーちゃんに付き添ってあちこちを転々とし、現在は長野県軽井沢町在住。半世紀も猫を飼ってきた飼い主をして「こんなに猫らしい猫を見たことがない」と言わしめる、村山家のお局様。

  • 銀次(♂10歳 メインクーン)

    体重8キロ、大柄だが気は優しく、犬にも人間にも動じない、村山家のお客様おもてなし担当。中身はたぶん、おばさん。

  • サスケ(♂3歳 黒のハチワレ)

    妹の〈楓〉とともに村山家の一員となった。極度のビビリの半面、とんでもない甘えん坊。鳴き声は常にひらがなで、「わあ」。

  • 楓(♀3歳 サビ色の三毛)

    サスケ兄ちゃんの鈍くささを嘲笑うかのように、わざと危ないところへ上ってみせるおてんば娘。銀次おじさまのことが大っ好き。短い尻尾がコンプレックス。

  • 青磁(♂9歳 ラグドール)

    真っ青な瞳の美しい貴公子だが、性格はやや屈折している。飼い主が亡くなったため、温かな南房総から軽井沢へと連れてこられた。ただ今、他の猫たちとの共存方法を模索中。怪鳥のように「めけぇっ」と鳴く。

本文写真・猫近影
村山由佳
著者近影 山口真由子
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