池上教室

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第7回(最終回)
日本はどう対応するのか

17.2.10

 世界の国々で広がりをみせる反グローバリズムの波。これがどういった影響を世界に及ぼすのか、そして、トランプ次期大統領の誕生に、日本がどう対応するのかを見ていきましょう。


◆世界に争いが広がっていくのか

 世界中のどの国も基本的には自分の国の利益を最優先に考えて行動しているわけですが、トランプのような自国中心的な主張が実現化して度を越えるようになってくると、各国間の争いを生むのではないか、という不安を抱いている人たちもいるでしょう。しかしこれが戦争につながっていくかどうかというと、予想がつきません。
 例えば2010年にチュニジアで始まり、その後、アラブ世界に広がった、独裁者や既成政権に対するデモや民主化運動は、アラブの春と呼ばれました。このアラブの春が国を越え広がっていったのは、グローバル化によって情報の拡散や人の行き来が可能になったことが要因の1つに挙げられるでしょう。ただ、民主化運動は結局、内戦に至り、未だに悲惨な状況が続いている国も多くあります。
 2015年頃から注目され、今もヨーロッパの社会や政治状況を揺るがす大きな問題になっている、シリアからのヨーロッパへの難民の増加は、このアラブの春によって2011年以降、シリアで内戦が激化したために起こったことです。
 東西冷戦時代は、それほど大規模な戦争は起こりませんでした。アメリカとソ連という二大国がにらみ合いながら均衡を保っていたため、その二大国の代理戦争の形で、各地で争いは起こっていましたが、大規模な戦争にまでは発展しなかったのです。ところが冷戦終結後は、二大国の一方であったソ連の崩壊によって世界のバランスが変化し、ソ連の政治的、軍事的な力で抑え込まれていた地域間の関係も崩れ、紛争が多くなります。
 その各地で勃発する地域紛争を抑えようと軍事的介入を続けてきた先進国の中心が、アメリカです。今後、アメリカが世界の警察官を辞め、他の国も自分の国さえよければいいと内向きになり、反グローバリズムの動きが強まると、とても逆説的ですが、戦争は少なくなるのかもしれません。周囲よりもまずは国内での争いのほうが強まる場合もあるでしょうから、よその国へ侵攻していく余裕などはないという可能性もあります。
 あるいは、アメリカという世界の警察官がいなくなりますから、その地域でうんと強い力を持っている国がにらみをきかせる。すると周りの国がみな従います。従うということは、抵抗しないわけですから、戦争にはならない。そういう時代が来つつあるとも考えられます。

◆求められる新しい時代の第三の道

 グローバル化が進んだことによっていい面もあったのだけれど、人や物の移動が拡大することで、経済的な新しい問題も生まれてきました。例えば先進国では、低賃金の労働者が流入することで、職を失う人たちもいるでしょう。また、海外から低価格の商品が入ってくることは、消費者にとってはいいことですが、国内産業にとってはその安価の商品によって売れ行きが伸び悩み、業績が悪化する企業もあります。企業によっては、安価な商品を調達するために、生産拠点を国外に移すところも出てきますから、その結果、国内の労働者が仕事を失うことになります。そういう問題に対するアンチとして反グローバリズムの考えや動きが強まってきている面もあるのでしょうが、それでいいかというと、決してそういうわけではありません。本当は第三の道があるべきだと思います。アメリカ大統領選挙でヒラリー・クリントンと民主党の候補者争いをしたバーニー・サンダースは、第三の道のようなものを志向していたのかもしれないのですが、具体的な方策は見えないままでした。
 かつて資本主義に対するアンチとして社会主義が生まれました。けれど結局、社会主義はうまくいきませんでした。そしてアメリカ式のむき出しの資本主義ではなく、あるいはソ連や中国のような社会主義でもない第三の道としての社会民主主義という形で、北欧諸国が社会主義的な大きな政府で社会保障は充実させ、資本主義の経済体制をとりつつ、民主主義を確保しています。これがある種の第三の道と考えられてきました。
 ところが今、その北欧諸国にもどんどん移民が入ってきて、さらには難民の増加も伴い、社会保障がただ乗りされているという不満が高まってきています。ですから北欧でも反移民を掲げる政党が選挙で議席数を伸ばすような状況になっています。
 また北欧に限らず、ヨーロッパ各国では、移民、難民の増加によって、右派の政治家や政党が勢力を増しています。ハンガリーでは2016年10月、EUによる難民受け入れの分担に対する国民投票が行われ、反対が98%を占めました。しかし投票率が43%で過半数に達しなかったため、その結果は不成立となりました。オーストリアの2016年の大統領選挙でも、難民受け入れ容認派のファン・デア・ベレンが、難民受け入れの厳格化を主張している極右政党・自由党の候補であるノルベルト・ホーファーに、再選挙を含め2度の選挙ともにほんのわずかな差で勝利するような有り様でした。
 こう見てくると、自国中心の考え方がアメリカだけで強くなっているためにトランプが大統領になったわけではないのですね。世界中で内向きの考え方が強まってきている。トランプ大統領誕生で驚いた人たちは、それぞれ自分たちの国を振り返ってみたとき、トランプ的なものが自国でも勢いを増していることに気づいたのではないでしょうか。だからこそ、今後の世界がどうなっていくかと不安を抱く人たちも増えているのです。これから新しい時代の第三の道を、世界中のいろいろな国や政治家が模索をしていく必要があり、そういう流れもまた生まれてくるのではないかと思っています。

◆アメリカ大統領選挙への日本の外務省の甘い見込み

 それでは日本の状況はどうでしょうか。
 日本の外務省は、ドナルド・トランプが共和党の大統領候補になったときに、民主党のヒラリー・クリントン候補で大統領は決まりだろうと考えていました。ですからクリントンとの人脈をつくろうと、彼女の関係者たちと連絡をとりながら準備を進めていたわけです。ところが、トランプの支持率が選挙戦に入っても意外に落ちなかった。そのためプランBということで、もしもの場合に備えてトランプとの人脈づくりをしようということになったのです。ただ、トランプのブレーンと言われる人たちの名前が出てきても、日本の外務省では、誰も相手のことを知らないのですね。そうこうして必死に人脈づくりをしようとしている内に、トランプが当選してしまった。結局、準備が間に合わなかったということです。ですが、これは実は、世界中どこの国の外務関係者も同じです。トランプの関係者たちがどういう人たちかがわかっていて、彼らとコネクションを持っている国など、どこにもなかったのです。
 クリントン候補が大統領になるという外務省の認識があったからでしょうが、安倍晋三総理は、大統領選挙の真っ最中にヒラリー・クリントンと会っています。これは油断をしたと言ってもいいでしょう。選挙期間中に有力候補の2人の内の片方に会うということは、あなたが大統領になると私は確信していますよというメッセージですから、その候補に対してはたいへん印象がよくなる行動ですが、もう片方にしてみれば、気分のいいことではないですよね。かなりリスクを伴う行動にもかかわらず、そのリスクを冒してまでも安倍総理はクリントンと会ったわけです。しかし、それが裏目に出た。だからこそトランプ当選に焦り、まずは電話をということで、トランプとの電話をなんとかつなげました。そこで、とにかく会おうという話をして、さっそく安倍総理は会いにでかけたということです。

◆同盟ではなく、取引という考え方で進められる日米関係

 安倍総理が焦ってすぐにトランプ次期大統領に会いにいったのは、日米同盟を最も重要な関係と日本が捉えていることの表れですが、トランプ政権のほうは、今後のアメリカと日本との関係をどういうふうにしようと考えているのでしょうか。
 まず、第2次世界大戦後、アメリカが日本に対してどんな政策をとったか、簡単に押さえておきましょう。GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)は、アメリカの軍人であるダグラス・マッカーサーを最高司令官に置いて日本の占領政策を実行していきます。連合国軍と言いながら、日本の占領政策の中心にはアメリカがいました。その最高責任者であったマッカーサーは、日本を二度とアメリカに立ち向かうことのない国にしようとします。つまり、二度と戦争のできない国にしようとしたわけです。そこで、新しい憲法をつくらせ、戦争放棄を盛り込んだ憲法ができ上がりました。しかし、東西冷戦が激化して、1950年に朝鮮戦争が始まって以降、アメリカは方針を変えます。ソ連を中心とした東側のグループから西側のアメリカ・グループを守る。そのために東アジアの最先端に西側グループの日本がいるんだと考えるようになります。そして軍事力を放棄したはずの日本で警察予備隊が結成され、後に自衛隊へと発展していきます。対外的には、日米同盟を強化することで東アジアにおけるアメリカの覇権が維持できるようにしようという政策をとって、これまでのアメリカはやってきたわけです。
 アメリカは第2次世界大戦後、世界の中のアメリカということをずっと意識してきました。要は、アメリカは世界の中でどう振る舞うべきかを考えて政策を決めてきたということです。ですから、アメリカも日米同盟は大切だと言ってきましたし、日本ももちろんアメリカに何かあれば助けてもらおうという意識がありました。ところが、トランプという人は、世界の中でのアメリカなんていうことを考えていないわけです。
 トランプが自伝の中で、ディール(deal)=取引が好きだと書いていると、以前にも触れました。トランプの選挙中の日米関係に関する発言を聞いていると、彼は、日米同盟という考え方ではなく、アメリカと日本との関係で、アメリカにとって有利な取引とは何だろうか。そういうふうに考えていると捉えることができると思うのです。日米同盟を強固にし、東アジアの情勢を安定させるといった、これまでのアメリカの政策ではなく、アメリカ軍を日本に置いておくのであれば、日本はアメリカ軍を維持するためにどれだけの金を出してくれるんだという取引を、トランプは考えているわけです。ですから、日米同盟の維持ではなく、アメリカにとっての有利な取引はどういうものか。あくまでトランプの考え方の中心にあるのは、取引です。自分がビジネスの世界でここまでやってこられたのは取引で成功してきたからであって、トランプは、その点に絶大な自信を持っているのです。

    
◆日本の憲法9条改定への圧力もあり得る

 トランプが、大統領選挙の最中にアメリカの有権者たちに向けてよく言っていたのは、こんなことです。「日本にはアメリカ軍がいて、日本がもしよその国から攻撃されたらアメリカが守ってやることになっているが、もしアメリカがどこかから攻撃されたとき、日本は助けに来ないんだ。こんな不公平なことでいいのか?」。そう言うと、支持者たちは、日本に対するブーイングの声を上げます。おそらくアメリカの国民の多くは、日米安全保障条約の内容など知らないのでしょう。そしてトランプも「こんな不公平なことでいいのか?」という考え方を持っているわけです。
 トランプは、アメリカ軍が日本に駐留して守ってあげているわけだから、その分の負担をしろと今後言ってくるでしょうし、取引と考えると、アメリカに何かあったときには、日本もアメリカのために助けを出せということになるかもしれません。もし、それができないのであれば、もっと負担しろと言い出す可能性もあるでしょう。
 もしアメリカが攻撃されたときに、日本も助けに来いと言い出すとすれば、日本がアメリカを助けに来られるような国にしろという圧力をかけてくる。つまり、軍事力を増強して装備をきちんとして、そして集団的自衛権についての法整備をして、戦える国にしろということです。安倍政権のもとで一部の集団的自衛権を認めるということが決まりましたが、アメリカまで助けに行く、もしくはアメリカが軍隊を展開しているところに助けに行くためには、現在の自衛隊の兵力や日本の法では無理ですから、全面的な集団的自衛権を認めろということになります。そうすると、憲法9条を変えて、日本は軍隊を持つ必要があるという声が出てくるでしょう。トランプ政権は、日本をアメリカに協力させるために、最終的には日本に憲法を改正するよう圧力をかけてくることも十分考えられるというわけです。
 そうなれば、日本国内では、憲法9条をどうするのかという古くて新しい問題がまた出てくることになります。ただ、トランプ政権が現実的にどういう政策や圧力をかけてくるのかは、まだはっきりとした見通しが出ていませんので、日本側もどう対応していいかわからない状態です。ですから判断は難しいのですが、今後のさまざまな可能性について考えておくことが、これからはとても大切になってくるでしょう。(了)





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