池上教室

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第5回
モンロー主義への回帰と
ロシアや中国の思惑

17.1.20

 ドナルド・トランプがアメリカの新大統領に決まったことを、世界はどう受け止めているでしょう。今回は、アメリカ・ファースト=アメリカ第一主義、保護貿易主義などを表明しているトランプを世界がどう見ているかを探っていきます。


◆孤立主義の伝統を持つアメリカ

 アメリカはどんなところにも顔を出し、まるで世界の警察官であるかのように振る舞っていると思うことはありませんか。事実、さまざまな紛争の表にも裏にもアメリカの存在があります。しかし、歴史をさかのぼってみると、これは最近だけのことであることがわかります。
 かつてアメリカはモンロー主義という外交政策をとっていました。1823年に、ジェームズ・モンロー大統領が発表した原則です。要するに南北のアメリカ大陸にある国に対して、ヨーロッパは口を出すな。われわれもヨーロッパに口を出さないからと宣言したんですね。それは、ヨーロッパもアメリカもお互いに政治的な干渉をしないようにするということです。この孤立主義をアメリカはその後、長い間、守り続けていきました。
 ですから1914年に勃発した第1次世界大戦で、ヨーロッパにおいてドイツが軍事力によってどんどん勢力を拡大しても、アメリカは参戦しようとしませんでした。しかし、イギリスの貨客船がドイツの潜水艦に撃沈され、大勢の犠牲者が出ます。その犠牲者の中に多くのアメリカ人が含まれていたことで、これは許せないとアメリカ国内でのドイツに対する非難が高まったことをきっかけに、ようやく腰をあげ、参戦するわけです。つまり、モンロー主義を掲げていたアメリカは、ヨーロッパでどういう戦争が起ころうが、知ったことではないという態度をとっていたのです。
 その第1次世界大戦が終わったときに、アメリカのウッドロウ・ウィルソン大統領は、あまりに悲惨な世界大戦を経験して、なんとか世界から戦争をなくそうと、国家間の関係改善のため国際連盟を提唱します。ですが、結局このウィルソンの考えはアメリカ国内では承認を得られませんでした。議会で反対され、国際連盟を提唱したアメリカが、不参加ということになります。アメリカの議会には、世界大戦を経てもなお、モンロー主義を貫こうとする議員たちが多く、国際連盟への参加などということは、アメリカのとるべき態度ではない、ということだったのです。アメリカは、世界の政治と関わることなく、自分たちのことさえやっていればいいという伝統があったわけです。
 第2次世界大戦のときも、ナチスドイツの軍事力がヨーロッパを席巻しているにもかかわらず、アメリカは戦争に加わろうとはしませんでした。そのドイツと同盟を結んで戦っていた日本がハワイの真珠湾を攻撃して初めて、アメリカは、ドイツ、イタリア、日本に対して宣戦布告をしました。
 日本が真珠湾攻撃をしたときに、イギリスのウィンストン・チャーチル首相が、「これでわれわれは勝てる」と言ったという有名な話があります。このままでは連合国側がドイツに負けてしまうかもしれないという状況下で、日本がアメリカを攻撃したことによって、アメリカが参戦し、連合国に加わる。これでわれわれ連合国は勝つことができると、チャーチルは思ったのです。それほどまでにひっ迫している戦況だったにもかかわらず、アメリカは世界のことに無関心だった。それが本来のアメリカなんです。
 ところが第2次世界大戦が終わると、ソ連を中心とした巨大な社会主義圏ができます。戦場となったヨーロッパなどは疲弊していて、ソ連に対抗し得る国はありませんでした。これでは資本主義を掲げるアメリカそのものの存続が脅かされるようになります。これはいけないということでソ連に対抗し、アメリカは世界に軍事力を展開していくことになったわけです。つまり世界の警察官であるほうが、アメリカの歴史の中では、新しくて、例外的なことなのです。ですから今後、モンロー主義の伝統を持つアメリカは、世界で起こっていることにそもそも関心がないという、昔の姿に戻るだけなのかもしれません。トランプの振る舞いを見ていると、こういう捉え方もできるのではないかと思います。

◆世界から警察官がいなくなったら

 では、アメリカという警察官がいなくなったときに世界はどうなるのでしょうか。
 ある地域に交番があり、警察官がいつもパトロールしていた。それで、その地域の治安は維持できていたとしましょう。突然その警察官が、「俺はもう実家に帰る、この地域のことは知ったことではない」と、宣言していなくなります。そうなると、悪いことを考えている連中は、「警察官がいなくなれば、自分たちの好きにできるぞ」ということになるでしょう。そうではない人たちは、これからは自分たちで治安を維持しなければならないのだから、自警団をつくって見回りをしよう、ということになるでしょう。今、世界はそういう状態になろうとしているといえます。
 例えば1980年代後半から、アフリカのソマリアは内戦状態になり、食料さえ行き渡らない酷い状況になりました。そこでアメリカのビル・クリントン政権は、軍隊を送り込みます。結果的にソマリアへのアメリカの派兵は失敗するわけですが、それでも世界のどこかで何かが起これば、アメリカの軍隊が駆けつける、そういうものだと当時の多くの人たちは思っていたでしょう。そのどこにでもやってくるアメリカの存在は、地域紛争の抑止力になっていたと思います。ところが、もうアメリカは来ないんだ、ということになれば、抑止力が失われて地域の力関係が前面に現れ、新たな勢力地図ができるかもしれません。
 トランプの言うアメリカ・ファーストが推し進められ、アメリカが孤立主義をとるようになれば、世界はそういう時代を迎える可能性もあります。
 ただ、アメリカが世界に及ぼしている力は、地域によってさまざまです。つまり、アメリカが世界のあちこちから手を引いていった場合に、どういう状況になるのかは、現在アメリカがどうかかわっているのかを見きわめて判断する必要があります。

◆トランプ大統領誕生で大喜びのロシア

 トランプが大統領に決まったということで、大喜びしている国は、ロシアです。
 ロシアは今回のアメリカ大統領選挙に、露骨に介入をしていました。選挙中に民主党全国委員会の幹部たちのメールが次々にウィキリークスのサイトに暴露されたのです。民主党の幹部たちが、ヒラリー・クリントンを大統領候補にするためにバーニー・サンダースを引きずり下ろすにはどうしたらいいかということを相談していたというメールまで表に出てしまいます。
 これについては、アメリカのCIA(中央情報局)やFBI(連邦捜査局)が捜査した結果、ロシア軍の情報部門がハッキングしていたということを、アメリカ政府の正式なコメントとして発表しています。ドナルド・トランプという人は、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領を尊敬していて、「シリア情勢はロシアに任せればいい」など、クリミア半島をロシアが併合したことも容認するかのような発言をしていました。一方、ヒラリー・クリントンは、オバマ大統領とともにロシアに厳しい態度をとっていましたから、ロシアとしてはなんとしてもトランプを大統領にしたい。そのために、クリントン陣営の足並みを乱し、クリントンへの有権者の印象を悪くしようと、メールをハッキングし、クリントンが不利になるような情報をウィキリークスでどんどん流していったのです。
 今回の大統領選挙中、アメリカのメディアは、まずは朝、ウィキリークスに何か新しい情報が上がっていないかチェックをすることから始めていたそうです。そして次々に民主党内部のメールが明らかになっていきました。ロシアはそれほどトランプ大統領が誕生することを願っていたということです。その結果、トランプが大統領になりそうだとなった際、「トランプ・ショック」で世界中の株価が暴落しましたが、ロシアの株だけは上昇しました。これからは、ロシアにとってたいへん都合がよい状態に世界がなるというわけですね。
 現在、米露関係は、東西冷戦以降、最悪と言われています。それは2014年にロシアがクリミア半島に侵攻してウクライナを実効支配してから続いています。アメリカをはじめヨーロッパ各国もロシアを非難し、経済制裁を続けています。
 もし今後、大統領となったトランプが、プーチン大統領と親密な関係を築こうと接近すれば、この状況が劇的に変化するのではないかとも考えられます。
 そうなるとトランプ政権は、「シリアもロシアに任せればいい」ということになるでしょう。ロシアは、シリアの独裁者であるバッシャール・アル・アサドを支援し、一方アメリカはアサド政権に反対する反政府勢力を支援してきました。つまりシリアは、アメリカとロシアの代理戦争のような様相を呈してきたわけです。そのアメリカが反政府勢力への支援を止めて、ロシアに任せるということになれば、独裁国家として非難されているアサド政権は存続することになるでしょう。
 トランプは、アメリカの大統領が世界の大統領であるというようには考えていません。トランプはあくまでアメリカの大統領であって、世界の問題は、その周辺国で解決すればいいし、その地域で力のある国が指導していけばいいと考えています。そうなると、シリアやクリミア半島は、ロシアに任せればいいということになり、ロシアはアメリカの介入を心配することなく、都合のいいように何事も推し進めていくでしょう。

◆プーチン大統領のバルト三国への思惑

 ロシアのプーチン大統領は、かつてソ連が崩壊してしまったことを、「地政学的な大災害」と発言しています。彼にとってソビエト連邦の崩壊は、大きな災害であり悲劇であったということです。だからこそプーチンには、かつてのソ連の栄光よ再び、という思いがあるのです。
 1989年のベルリンの壁崩壊、そして1991年のソ連崩壊以前は、ソ連、そして東ヨーロッパ各国による社会主義ブロックがつくられていました。しかし現在では、東ヨーロッパの国々は、EU(欧州連合)やNATO(北大西洋条約機構)に加盟していて、すっかり西側グループの一員になってしまいました。プーチンにしてみれば、東ヨーロッパについては仕方がない、諦めるけれど、かつてソ連の一部だった国々までがEUやNATOに入り、ロシアと対立することは我慢ならない、という思いを持っているのです。
 ポーランドやハンガリー、チェコやスロバキアが西側へ行ったことは問わないが、ウクライナやジョージア(グルジア)といった国々が向こう側へ行くことは絶対に阻止したい。だからウクライナに兵を差し向けて内戦状態にし、EU諸国がウクライナの加盟を認めないようにする。これが、プーチンの狙いであり、やり方です。
 ただし、ウクライナを完全に併合してロシアにするつもりはありません。ウクライナはあくまでもウクライナのままで、EUには加盟させず、つねにロシアの影響力が及ぶようにしておきたいのです。プーチンには第2次世界大戦の際、ソ連が国境を接していたナチスドイツに攻め込まれた記憶が大きく残っているのでしょう。だから国境を接する国に影響力が及ばないことをとても恐れているのです。
 ロシアに併合するつもりはないが、EU諸国との緩衝地帯としてロシアに逆らわない国を残しておく。これがウクライナであり、ジョージアということになります。
 そこで私が今とても心配しているのが、バルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)です。
 バルト三国は、かつてはソ連の一部でした。それがソ連崩壊の直前、独立を果たします。その独立は、ソ連崩壊の一因でもありました。そのためバルト三国のことを、ソ連が崩壊した後に独立したウクライナやジョージアとは少し立場が違うと、プーチンは考えています。そのバルト三国が、NATOやEUに加盟したことで、ロシアと国境を接している向こう側に、ロシアの言うことを聞かない西側の国ができることになってしまった。しかもそこにはロシア系の住人が大勢住んでいます。独立したバルト三国に住んでいたロシア系の住民は、その地でマイノリティになってしまっています。これをなんとかしたいという思いをプーチン大統領は持っているはずです。けれどバルト三国に対して軍事力を使って圧力をかけようものなら、ロシアに対する国際的な非難は今以上に増すでしょうし、アメリカも黙ってはいないでしょう。ですから、そんなことはこれまではとてもできませんでした。
 ところが、その地域のことは周辺国に任せればいいじゃないか、というトランプがアメリカの大統領に決まった。アメリカがまず大事であって、よそのことには口出ししないというトランプの姿勢が本物ならば、ロシアがバルト三国に干渉しても大丈夫かもしれないと、プーチン大統領は考えているのではないでしょうか。
 2017年1月にトランプ大統領が誕生した後、ロシアは、アメリカの行動を見極めながら、バルト三国に対する挑発的な振る舞いを仕掛けてくるのではないかと、私は悪い予測をしています。

◆中国もトランプ新大統領を歓迎!?

 トランプ次期大統領がTPP(環太平洋パートナーシップ協定)への不参加を表明していることは、中国には歓迎されているようです。TPPというのは中国抜きで環太平洋の国々が連携し、伸長する中国に対抗していこうという取り組みですから、中国としては、そういう動きはおもしろくなかったわけです。それがアメリカの離脱によって潰えるわけですから、中国としてはしめたと思っているはずです。今後、中国を入れた経済連携協定づくりに力を入れてくるでしょう。
 中国はAIIB(アジアインフラ投資銀行)を2015年に発足させ、中国主導でアジアの開発を進めていこうとしています。それがRCEP(アールセップと発音。東アジア地域包括的経済連携)です。ASEAN(東南アジア諸国連合)10ヶ国に、日本、中国、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーランドの6ヶ国を含めた計16ヶ国でFTA(自由貿易協定)を進める構想です。
 トランプ大統領の誕生によって、TPPからアメリカが離脱するわけですから、中国は今後、ここを舞台に穴埋めをするような形で動いてくるはずです。
 また今、南シナ海の問題があります。中国が、南シナ海のほぼ全域を「九段線」という独自の境界線でもって区切り、自国のものだと主張して、あっという間に人工島までつくり、軍事拠点にしてしまいました。オランダ・ハーグの仲裁裁判所は、その中国の領土認識と行動を根拠がないと認定しましたが、中国はそれを受け入れずにいます。この南シナ海の問題も、トランプ大統領誕生が影響を与えるかもしれません。
 アメリカは、「航行の自由作戦」という作戦名で、中国がつくった人工島付近など、南シナ海を軍艦に通過させ、中国の動きをけん制しています。
 ところがトランプは、1980年頃に日本に来た際のインタビューで、日本は中東から大量の石油や天然ガスを輸入しているけれど、そのためのシーレーンを守っているのは、アメリカである。日本はしたたかだけれど、これはフェアではないといった発言をしています。この発言から、トランプ次期大統領は、現在の南シナ海の問題に対しても、アメリカが南シナ海を守っても、その恩恵を受けるのは、日本と韓国だけだろうと考えそうに思えてきます。
 アメリカの場合、中東から石油や天然ガスを運ぶときは、大西洋を通ります。南シナ海を通る必要はないわけです。更にシェール革命によって、アメリカ国内で石油も天然ガスも自給できるようになったときに、南シナ海を通るシーレーンなどに、アメリカはお金を出す必要はないと、トランプは考えるでしょう。そうすると、シーレーンをアメリカに守ってほしかったら、そのシーレーンの恩恵にあずかっている国に、費用を負担しろと言ってくることになるのではないでしょうか。いや、ひょっとすると、もうそんなものは要らない、アメリカはシーレーンを守らないと、トランプなら言い出すかもしれません。そんなことになれば、中国は大喜びでしょう。

 次の更新は1月30日を予定しています。

次回は、
トランプ出現によって起こり得る、
アメリカの反グローバル社会と世界の現状を見ていきましょう。
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