第1回「トランプ大統領、誕生の背景」

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第1回
トランプ大統領、
誕生の背景

16.12.05

◆はじめに

 2016年11月、次のアメリカ大統領を決める選挙は、まさかの結果となりました。共和党の大統領候補ドナルド・トランプが、民主党の大統領候補であるヒラリー・クリントンを抑えて当選。トランプがアメリカの次期大統領となったからです。
「トランプ・ショック」という言葉も生まれるほどの大番狂わせ。一時的ではありましたが株価は下落し、ドル安になりました。この先のアメリカ政治がいかに不透明なものになったかを示しました。
 私が2016年の2月からたびたびアメリカに渡り、今回の大統領選挙を追いかけたのは、選挙こそが今のアメリカの本当の姿を照らし出す鏡であると思ったからでした。この国独特の大統領選挙制度から滲み出る国民の本音や、日本ではなかなか報道されない変化をじかに見たいと思ったのでした。

 予備選挙が始まった当初、トランプが共和党の候補になることすらあり得ないような空気でした。差別的な発言の宝庫。「暴言王」とまで呼ばれ、それを面白がるかのようなメディア。
 ところが、取材を続けるうちに、トランプの支持率が徐々に上がっていきます。現場でその様子を見ていると、「なるほど、アメリカの国民からトランプはこうやって支持されているのか」と、少しずつ変化していく状況やその理由が見えてきました。

 それにしても最近、世界のニュースを見ていると、民主主義というのはなんなのだろうかと考えさせられる事態がしばしば起こっていると思いませんか。そこでこのホーム社のホームページの連載では、民主主義とは何かということを、あなたと考えていきたいと思っています。
 まずは、今回のアメリカ大統領選挙の結果を受け、どうしてドナルド・トランプがアメリカの国民たちから支持を集めたのか。そしてそのことが世界に、また日本にもどのような影響を及ぼすのかを探っていきましょう。

◆実はヒラリー・クリントンが
大統領に選ばれた!?

 実は今回の大統領選挙で、アメリカ国民は、ヒラリー・クリントンを選んだのです。民意はクリントンを支持したにもかかわらず、ドナルド・トランプが大統領になることになりました。
 どういうことか。全米での総得票数は、クリントンが約6420万票、一方のトランプは約6220万票でクリントンの方が約200万票も多く獲得しているのです。それにもかかわらず、トランプが大統領になるのが、アメリカ大統領選挙の制度の特徴です。
 これは、アメリカでは、州ごとに「大統領選挙人」を選ぶ選挙をすると決められているからです。その選挙では、州ごとに1票でも多く票をとった候補者が、その州に割り当てられていた大統領選挙人の数を総取りする方法をとっています(2州を除く)。つまり得票数でもなく、勝利した州の数でもなく、獲得した選挙人の数で勝敗が決まるということです。そのため、今回の選挙で獲得した「大統領選挙人」の数は、トランプが306人、クリントンは232人。これでトランプが次期大統領に選ばれることになったのです。
 以前にもこういった結果になったことがありました。2000年に行われた、共和党のジョージ・W・ブッシュ候補と、民主党のアル・ゴア候補による大統領選挙です。ゴアの方が総得票数では上回っていたのですが、ブッシュが選挙人をゴアより多く獲得し、ブッシュ大統領が生まれることになりました。このとき、接戦だったフロリダ州では、票の数え直しをする事態にまでなっています。その後は法廷闘争に発展しましたが、結果がくつがえることはありませんでした。

◆これがアメリカの民主主義の形

 どうしてこういうことが起こる仕組みになっているのだろう、と疑問に思われている方も多いでしょう。
 それを理解するためには、アメリカが50の国(ステート)から成る連邦制をとっているということを認識する必要があります。つまり、50の国(ステート)=州それぞれにおいての選挙で「わが国=州はこの候補者を大統領に選ぶ」と決め、代表となる選挙人を派遣して本選挙に投票するということなのです。
 つまり、選挙では国民が候補者を直接選ぶので直接選挙のように見えますが、実は、その結果を選挙人が代表するという、間接選挙なのです。選挙人の数は州ごとに決められています。この選挙人が12月に再度投票して、正式に大統領が決定するのです。ですから、選挙人の数が多い州で勝利すれば、それだけ大統領に近づくというわけです。
 ある州でいくら得票数で大差をつけて勝ったとしても、その州の選挙人が3人なら、獲得する選挙人は3人です。一方で、たとえ僅差の勝利でも、その州の選挙人が55人なら、獲得する数は多く、相手候補を大きくリードすることになるのです。
 日本では、国会における議員の数が最も多い党が、その党内において首班指名選挙を行って首相を選びますが、それとは大きく異なっています。
 不思議な選挙制度だと思うかもしれませんが、これはこれでアメリカの民主主義の形ということなのです。

 今回はドナルド・トランプが大統領に選ばれました。トランプもクリントンも、また他に大勢候補はいましたけれど、とにかく全ての候補者たちが、アメリカの選挙制度とはこういう形式なのだという前提条件を了解した上で選挙を戦っているわけですから、この結果については文句を言うことはありません。そして、そういう選挙制度を互いに認めていることを確かめるところもあるので、敗北宣言を有力候補の一方がして、この選挙結果をきちんと受け入れましたと表明された時点で、もう一方の候補者が勝利宣言をするという流れがあるのだと思います。
 ただ今回は、選挙の後、あちこちで「ドナルド・トランプは、私の大統領ではない」という抗議の集会やデモ行進が起こっています。これはやはり「われわれは、ヒラリーを選んだ」という思いがある人が多いのでしょう。その思いを多くの人が様々な形で表明することもまた民主主義の1つの方法なのではないかと思います。

◆予備選挙から予想外の展開

 アメリカの政治は二大政党制をとっている。よく耳にされると思います。現職の大統領であるバラク・オバマや、今回の選挙で敗れたヒラリー・クリントンが所属する民主党と、次期大統領に決まったドナルド・トランプが所属する共和党が、その二大政党です。アメリカには他にも政党はたくさんありますが、この2つの政党から大統領が決まっています。
 この二大政党の大統領候補を選ぶための党員集会や予備選挙が2月から始まり、7月に候補が決まります。今年もずっとその取材を続けてきました。候補者選びのときから、共和党と民主党、どちらも予想外の展開になりました。
 民主党の場合は、ヒラリー・クリントンが民主党の大統領候補になるのが決まりと思い込んでいる人が多かったと思います。ところが2月の序盤の選挙戦から、バーニー・サンダースがたいへんな人気を得て、どんどん支持を広げていきます。クリントンで決まりと思われた状況が、「あれっ?」という感じになった。予備選挙や党員集会に、これまで民主党の集会に参加したことがないような若者がどっと集まってきたのです。そしてサンダースを大統領にという声を上げ始めました。これはいったいなんなのだろうかと思いました。サンダースは民主社会主義者を名乗っていますが、この「社会主義」という言葉に、アメリカは長い間、拒否反応を示してきたからです。

 共和党の場合は、最初、大統領候補への名乗りを挙げた人は17人もいました。その中から誰が候補に選ばれるかといったときに、私も含めて多くの人が、少なくとも「ドナルド・トランプは生き残れない」と思っていたのです。
 他の候補者たちもそう思っていたのでしょう。16人の候補者たちは、トランプの動きなど無視したまま、それぞれ16人でつぶし合いをして、候補者指名を得ようとしました。
 そのつぶし合いの結果、数人に絞り込まれましたが、気がついてみれば誰も相手にしなかったトランプは健在なままでした。そうしてターゲットが決まってから、トランプの攻撃が始まったのでした。
テレビというメディアを良く知っているトランプは、候補者同士のテレビでの討論会で、他の候補者たちの印象を悪くする術に長けていました。例えば、マルコ・ルビオは、ヒスパニック系初めての共和党大統領候補になるのではないかと期待が寄せられていました。ですがルビオは、トランプの前では、若さが露呈してしまい、討論会では、トランプに言い負かされてしまいます。こうして候補者が脱落していく中で、トランプは依然と残ったままだったのです。
 共和党の最終候補は、トランプとテッド・クルーズでした。
 2月1日にアイオワ州で共和党の党員集会が開かれました。その少し前に候補者指名を目指す、テッド・クルーズの選挙演説の集会を取材しに行きました。その発言の内容にとても驚きました。テッド・クルーズは、エヴァンジェリカル(アメリカのキリスト教原理主義の福音派)から支持を得ている候補です。彼の話は、「私が大統領になったら教育省という役所は直ちに廃止する。国がどんなことを教育するかなんてことを決めるのはおかしい。親が決めればいいんだ」ということから始まりました。そして、イランとの核合意についても直ちに破棄するなどと、次から次へとびっくりするような話が出てくるわけです。聴いていて怖くなりました。
 そうすると、テッド・クルーズが大統領になるくらいなら、トランプの方がまだマシだと。そんな気になるのです。事実、トランプを大統領候補にしないようにといって、共和党の主流派が、第2位につけている候補者に票を集めようとしたわけですが、その第2の候補がテッド・クルーズだったわけですから、彼への投票を呼びかけても、とても勝負になりませんでした。

◆トランプ支持の理由

 では、なぜトランプがこれほどの支持を得たのかを考えてみましょう。
 トランプの政治集会の第一印象は、白人の男性ばかりの集会だということ。東洋人の私がいると、目立って仕方がないほどでした。つまりトランプを支持する人たちは、白人男性が圧倒的に多かったということです。
 トランプの演説は単純明快です。「メキシコとの間に壁をつくるぞー!」、トランプがそう言うと、参加者たちが「オー!」と応じる。続けてトランプが「金を出すのは?」と尋ねると、参加者たちは「メキシコ!」と。あるいは「不法移民を追い出すぞ!」とトランプが言うと、観客は「オー!」と応じる。こういったやり取りの繰り返しが多く、ほとんど演説になっていなかったのです。
 通常の政治集会というのは、候補者たちが、これからアメリカをどうやって立て直していくかといった主張をします。現状を説明し、自分ならばどのように対処できるかを訴えるのです。ところがトランプはそういうことは言いません。とにかく、不法移民を追い返すぞ、メキシコとの間に壁をつくるぞ、中国からの安い商品が入ってこないようにするぞ、という目標を言うだけで、それをどのように実現していくかということは一切言いません。単にスローガンを繰り返すだけで、集会は30分くらいで終わってしまうのです。長く演説するような内容を持っていないのですね。ところがそこに集まった人たちは熱狂するわけです。
 ここに集まる人たちは、今のアメリカの現状にたいへんな閉塞感を持っています。仕事がない。グローバル化が進む中でアメリカ国内から産業が消えていってしまう。一方で不法移民が大勢やってきて低賃金で働く。また、店に行けば、安い中国製品があふれている。こんなことでいいのか。古きよきアメリカを取り戻したいと思う人たちがいるのも当然かもしれません。そこに「アメリカを再び偉大な国にするんだ」というトランプが登場した。彼は、何度も会社をつぶしてはいるが、その都度立ち上がり、今でもビジネスを続けている。彼なら自分たちの思いを受けとめてくれるだろうと。そういう人がたくさんいる。これがトランプ支持につながった一番の理由でしょう。

◆アメリカ社会というコインの表裏

 民主党でも似たようなことが起こっていました。クリントンの政治集会で彼女の選挙演説を聴くと、確かに演説が上手なんです。アメリカが今どうなっているのか、では、これからどうするのかと、理路整然と説明してくれる。それはそれで納得できるのですけれど、どこか心に響かないんです。優等生が模範解答を示しているようで、何かピンときません。
 一方で対立候補のバーニー・サンダースの演説を聴くと、やはりトランプと同じように現状への怒りというのが沸々と感じられるのです。サンダースは、声もかすれていて、演説も決して上手ではありません。でも現状に対する懐疑や怒りをぶつける。そしてそれを聴いている人たちと一緒に、「さあ、この国を立て直そうではないか」と呼びかける。それが心を打つのです。

 実はこれはアメリカの今の社会というコインの表裏という気がしています。
 グローバル化が進み、アメリカの中でも所得の格差がとても広がっています。家庭が貧しいと満足な教育も受けられない。たとえ貧しい家庭だとしても大学教育が受けられるよう公立大学を無償化しようという民主党のサンダースと、そもそも今のアメリカの制度が悪いんだといい、その制度を引っくり返してアメリカを偉大な国にしようという共和党のトランプ。現状に対する処方箋を左右まったく違う立場から突き上げた。どちらも国民の不満や不平に焦点を当てて、起爆剤にしようとしたのです。

 やはり大統領選挙というものはそういうものなのではないかと思いました。つまり今のアメリカに対してたいへんな不満を持ち、自分たちの生活が脅かされていることを心配し、閉塞感を持っている人たちの琴線に触れる演説をしたのが、ドナルド・トランプであり、バーニー・サンダースであり、それがそれぞれ国民の支持を得た理由ではないかと思います。
 しかし、現状を改善するためにはどうすればいいのか。どのように政治改革をしていくか。その過程については、実はトランプは一切示していません。とにかく目標だけを示して、アメリカを再び偉大な国にすると言うだけで人気を集めた。これがトランプの勝因だったのではないかと考えています。

 次の更新は12月15日を予定しています。

次回は、
トランプの勝利の秘訣と
メディアが果たした
役割などについて取り上げます。
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