第2回「トランプの勝利の秘訣とメディアの影響」

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第2回
トランプの勝利の秘訣と
メディアの影響

16.12.15

◆トランプの勝因のからくり

 目標だけを示すことがどうしてトランプの勝因と考えられるのか。例えば、トランプとサンダースの支持が生まれる背景を、アメリカの社会というコインの表裏と言いました。
 サンダースは、金融で莫大なお金を動かし、利益を上げているウォール・ストリートを批判していました。そして、ウォール・ストリートの投資銀行に講演に行って、その1回の謝礼に何千万円ももらっているクリントンはウォール・ストリートの仲間だと批判していました。彼が政策として主張していた公立大学の無償化の財源も、ウォール・ストリートへの課税強化などで費用を捻出すると言っていました。そういった言動が若者たちを中心に支持されていたわけです。では、既成の体制をやり玉に挙げていたトランプは、例えばウォール・ストリートのあり方を問題視していたでしょうか。
 トランプは、今のアメリカの体制全体に対する批判をしていましたし、あらゆる現況のあり方を非難していました。ところがよく調べてみると、個別具体的に、ウォール・ストリートに対する批判をあからさまにしたことはないのです。激しい言葉の中に、ウォール・ストリートの金持ち連中を叩いてくれるのではないかと、勝手に期待していた有権者もいたでしょうが、そのようなことは一言も言っていないのです。それどころか、実際に次期大統領に決まり、組閣の準備に入ると、ウォール・ストリートからも人材を求めようとしています。
 さらに、減税をし、オバマ時代に厳しくされた金融取引の規制を緩和しようとしているわけですから、ウォール・ストリートが大喜びしそうな政策をとるということです。これは公約に反しているのではありません。ウォール・ストリートに厳しい規制を敷いて取り締まるなんてことは、トランプは言っていないわけですから。みんなが勝手に誤解して、自分の都合のいいように解釈していただけということなんです。

 これはとてもうまいやり方ですね。なんとなくウォール・ストリートを取り締まってくれるのではないかという言動を振りまき、有権者に期待を持たせた。でも彼はそんなことは言っていませんので、ウォール・ストリートがより自由に仕事ができるようなことをしても公約違反ではないのです。
 既成の体制、そして今のやり方には反対だ、それらを引っくり返すと、トランプは確かに言っていました。彼のそういう振る舞いが、国民に様々な誤解をさせているのです。

◆トランプが開けたパンドラの匣

 また今回の選挙戦を通してのトランプの振る舞いで大きな影響が出ていることがあります。
「ポリティカル・コレクトネス」という言葉があります。政治的に正しいという意味で、アメリカの場合、要は差別的な言葉を使わないで、公平な表現をしようということです。社会的に大きな流れになっています。差別はいけないのですから、様々な言葉の言い換えも出てきます。例えば黒人とは言わず、アフリカ系アメリカ人と言おうなど、テレビなどでも差別的な発言をチェックし、誰でも、また男女も当然平等なんだという考え方をきちんと定着させようという動きです。ですが、それが当たり前だと思う一方で、いろいろな人種の人が増えてくることで、白人の国だったはずのアメリカが、この先どうなってしまうのかと思っている人たちもいる。そういう人たちの中には、例えば仲間内でお酒を飲みながら、差別的な言葉を使ったり、言ったりして、鬱憤をはらしていた。けれど表向きは、そういうことは言うべきではないと考えていた。そこに、そういうことを堂々と言う人が現れた。それがドナルド・トランプという大統領候補だったのです。
 多くの人が驚いたでしょう。大統領候補がそんな言動を繰り返したわけですから。けれど、白人至上主義的な考えやアメリカが一番であるといった思いを抱いている人たちにとっては、われわれの本音をすくいとってくれていると感じ、それが大きな支持につながったのです。

 しかしこれによって、トランプは、パンドラの匣を開けてしまうことになったのです。差別はいけないといって、1950、60年代の公民権運動から始まり、ずっと差別のない社会を継続的に築こうと模索してきた流れを逆戻りさせてしまうようなことになっているのです。
 アメリカの学校では、大統領は理想の人物であり、尊敬されるべき人物として教えられてきました。アメリカ国民の指導者であり、軍隊の指揮官でもあり、すばらしい人間性を持った存在が大統領なんだと教えられてきたはずなのに、その大統領になる人間があのような差別的なことを言っている。これは大きな問題です。
 今、アメリカの各地で子供たちによる差別発言や、マイノリティに対する差別やいじめが頻発しています。学校の先生たちも頭を抱え、困っているわけです。そんなことを言ってはいけないと子供に言っても、大統領になる人が言っていると返されてしまう。
 トランプは、次第にアメリカ国内でマイノリティになっていく白人たちの代弁者として支持を集めたのですが、結果的にアメリカを2つに分断して、一方の立場に依拠して、そちら側からもう片方を激しく批判することで、大統領選挙に勝ったわけです。しかし彼が勝った結果、アメリカは完全に2つに分断されてしまいました。まったく相容れることがなくなってしまった。この2つのアメリカを、彼はこれから統治していかなければいけないわけです。
 大統領になるためには手段を選ばなかったトランプですが、大統領になってしまったからには、この後、たいへんな状況が待っているでしょう。

◆メディアの影響

 このようなトランプという存在を生み出す素地をつくることにメディアも一役買っています。
 いろいろな報道でも取り上げられていますが、トランプは既存のメディア、マスコミをたいへん嫌っています。トランプの集会では、たいてい取材メディアへの非難の言葉が飛びます。
 では、そのアメリカのメディア状況とはどのようになっているのでしょう。
 現在のアメリカのメディア状況において、「オルタナ右翼」が、今回のトランプの当選に大きな影響を与えていると言われています。オルタナティブ、つまり従来の考え方とは別の異議申し立て方をする右翼的な考えを持った人たちの動きが今、ネットで広がっています。日本では、ネット右翼、ネトウヨとも言われていますね。この動きに拍車をかけたのは、SNSです。アメリカの多くの人たちがFacebookでニュースを見ています。SNSで登録すると、自分が好むようなニュースが案内・配信されるようになります。自分が知りたいこと、あるいは、自分の考え、好みに近いニュースばかりが集まってくる。それによってどんどん自分の考え方は正しく、誰もがそう思っているというふうに考えるようになり、より極端なほうへと走ってしまう傾向が生まれています。これはアメリカに限らず、日本でも同じですし、世界中に広がってきている傾向です。
 今回の大統領選挙では、アメリカの従来の新聞社のほとんどがトランプに反対と社説を掲げました。しかし多くの人がそれらを読んでいません。なぜなら例えば「ワシントン・ポスト」も「ニューヨーク・タイムズ」も発行部数はごくわずかだからです。広大なアメリカ全土に一定の影響力を与えているような新聞はないのです。
 そして、日本でCNNを見ているだけでは本当にわからないことが多いと今回の大統領選挙の取材では思いました。アメリカでABCやCBSやNBCというテレビ放送を見ていると、アメリカ大統領選挙の報道はほとんどありません。それぞれのテレビ局に朝のニュース番組があります。その冒頭で少しだけ大統領選挙について取り上げますが、ほぼ、それだけしか報道されません。全米の多くの人たちは、ニュース専門チャンネルであるCNNを朝から晩まで見ているわけではないのです。多くの人が、ABCやCBSやNBCやFOXといったテレビ局の番組を見ているわけです。
 ニュース専門チャンネルでは、FOXニュースが一番視聴されています。ネットワークのFOXとニュース専門チャンネルのFOXニュースは別です。FOXもニュースは放送しますが、ニュースを知りたい人はFOXニュースを見ます。
 ニュースの専門チャンネルは、FOXニュースとCNNとMSNBCがあります。MSNBCは、はっきりと民主党寄りの報道をしています。FOXニュースは共和党寄りの報道をしています。CNNは中立な報道を心がけていますが、FOXニュースがあまりにも共和党べったりの報道をしていて、CNNを偏っていると批判しています。そのため、CNNがなんとなく偏った報道をしているかのような印象ができあがってきてしまっています。
 また、アメリカの地方のフリーウェイを走っていると、巨大な看板に出合います。そこには「Don’t Believe the Liberal Media」と書いてあります。リベラルなメディアを信じるなというスローガンがあちらこちらに書いてある。つまり、「ニューヨーク・タイムズ」やCNNを見るな、真実の報道をしてくれるのはFOXニュースだけという意味であり、そういう運動をしている人たちがいるのです。
 FOXニュースは、イラク戦争の際、愛国報道をしました。そこでアメリカのネットニュースの視聴率のトップに立ち、その後もダントツで1位をとり続けています。
 FOXニュースは、アメリカは偉大だ、すばらしいという考えに則って、ニュースを伝えています。更に、コメンテーターからキャスターまで全てが共和党支持者ということで、夜の番組では、自分はジャーナリストではないと宣言している司会者がニュースを伝えるのです。その司会者は、共和党寄りの意見を述べるばかりで、局としての意向も徹底しています。それにもかかわらず、いや、だからこそでしょうか、視聴率もとてもよいのです。アメリカでは、共和党べったりの報道をしている番組を多くの共和党支持者が見ているのです。
 ですからアメリカの国民の中でも右翼的なネットの情報に接し、ニュースはFOXニュースから得ているというような人がかなり増えているのでしょう。そういうメディア状況も、トランプ次期大統領を誕生させた一因になっているのかもしれないと考えています。

◆サンダースが大統領候補だったとしたら

 アメリカで多くの人が、デモや集会をして、トランプへの抗議の声を上げています。では、彼らはどのような結果を望んでいたのでしょうか。
 ヒラリー・クリントンが勝利することを願っていた人たちも多いでしょう。しかしバーニー・サンダースがもし民主党の候補になっていたらと考えている人たちもいるようです。
 サンダースは、民主社会主義者を名乗っています。ひと昔前のアメリカで社会主義者なんて名乗ったら、とんでもない泡沫候補扱いでした。泡沫候補どころか、きっと怪しい人と見なされていたのではないでしょうか。冷戦時代のアメリカでは「社会主義」という言葉は、それほどタブー視されていました。
 ところが今、サンダースが民主社会主義者と言っても、若い人たちは、そもそも東西冷戦を知りません。アメリカで社会主義は怖いものだと教わっていたという記憶すらないわけです。いいことを言っているからいいではないかという感覚でサンダースを支持したのでした。  

  サンダースの支持者たちは本当に必死になって応援をするんですね。怒りの矛先が明快だから熱心になれるんです。ところがクリントンの支持者たちは、「どうせヒラリーに候補は決まるでしょう」といった感じで選挙運動の詰めがどこか甘かったのでしょう。ですからサンダースだったら、もしかすると大統領選挙で当選していたかもしれないと考える人たちがいるのも仕方がありません。  
 ただ、たとえサンダースが大統領に当選したとしても、アメリカの現状に対する処方箋が、トランプとサンダースではまったく違います。ですからそうなった場合、むしろ一段とアメリカの分断は進んだのではないかと思っています。サンダースがもし大統領になったとしても、2つに分かれてしまったアメリカを統治するという難しい立場になるということでは同じだったのかもしれません。

◆もし順番が逆だったら

 しかし、それにしてもクリントンはなぜあんなに人気がなかったのでしょう。
 クリントンの人気のなさの理由はいろいろ挙げられています。私用メール問題が様々尾を引き、嘘つき呼ばわりされていました。献金疑惑をはじめとして、取材をしていても、あまりプラスの要素を聞きませんでした。
 クリントンの人気のなさのどこかに、オバマという黒人初の大統領の次に、女性初の大統領が生まれることへの忌避感もあったのではないかと思っています。白人男性だけでなく、既婚の白人女性などの得票率もトランプのほうがクリントンより高かったりしましたから。
 トランプに大きな期待はできないにしても、「アメリカを再び偉大な国にするんだ」という、まるで古き良きアメリカというものが存在して、そこへ戻るかのような変化への期待感はあったのかもしれません。アメリカに居住している人種の中で徐々にマイノリティに向かっている白人たちの抵抗とでも言えるものなのでしょうか。それが「優等生の女性」より「声の大きい白人男性」という結果にもつながったように見えます。

 結果論ですが、8年前にバラク・オバマが立候補していなければ、初の女性大統領が実現していたかもしれません。そしてそれから8年経った今、オバマが立候補すれば、今度は初の黒人大統領でいいではないかという状況が生まれていた可能性もあるのではないでしょうか。順番が逆だったのかもしれない。そう思えてきます。
 この順番が逆だったかもしれないということは、日本の政治でもあります。かつて佐藤栄作が総理大臣として長期政権を担っていました。次の総理大臣は誰かというとき、佐藤栄作の下に福田赳夫と田中角栄の2人の候補がいた。佐藤栄作は、福田赳夫に総理大臣を引き継ぎたいと考えていました。ところが、田中角栄が力ずくで政権をとってしまいます。そこにちょうどオイルショックが起こった。田中の「日本列島改造論」によって、地価や物価が上昇していたところに追い打ちがかかり、狂乱物価といって、とんでもない物価上昇をみるに至ってしまった。その後、三木武夫をはさんで総理大臣になった福田赳夫がそれを抑えようとするわけですが、2人の政権の順番が逆で、福田赳夫がまず総理大臣になっていれば、あのような狂乱物価は起こらなかったのではないでしょうか。その後で田中角栄が総理になれば、あそこまでの物価上昇はなかったのではないかと思っています。
 歴史にif=もしもはないのですけれど、順番が逆だったらもっと良くなっていたかもしれないということは、民主主義の世界でもあるのですね。今回のアメリカ大統領選挙を見ていると、オバマとクリントンの順番でも、そんなことを考えてしまいました。

 アメリカは様々な人種の人たちを移民として受け入れ、そこに生じる差別などの問題を解決しようと努め、公民権運動やポリティカル・コレクトネスといった試みによって、男女差別も含め解消への道を探してきました。そして、ついに黒人大統領を誕生させたのです。しかしここで女性大統領が登場する手前で違う形の変化を選びました。では、トランプが次期大統領になったことが、今後、歴史的にどんな結果をもたらすのでしょうか。この順番が次にどう引き継がれ、どういう影響を及ぼしていくのでしょう。

 次の更新は12月26日を予定しています。

次回は、
トランプの最近の言動なども含め、
公約がどう実現されるのか、
もしくはされないのかを見ていきます。
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