第3回「アメリカを変えるトランプの政権づくり」

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第3回
アメリカを変える
トランプの政権づくり

16.12.26

 前回までは、ドナルド・トランプがどうしてアメリカの次期大統領に選ばれたのか、選挙の取材から見えてきたことをまとめてきました。ここからは、彼がどんな政権運営をして、政策を実現していくのかといったことを考えていきましょう。


◆どんな政権運営の方法をトランプが考えているのか

 大統領選挙で勝利して、すぐに決定した人事から見えてくるトランプの考え方があります。それは彼がビジネスの世界で培ってきたものです。
 トランプは、大統領の首席補佐官にラインス・プリーバス、首席戦略担当兼上級顧問にスティーブン・バノンを任命しました。この2人を車の両輪として、同格に扱っています。
 ラインス・プリーバスは、党全体の政策の要項をつくったり、資金調達をしたりする共和党全国委員会の委員長で、まさに共和党の主流派に属している人物です。首席補佐官は、大統領と議会との橋渡し役でもありますから、上下院の多数派となった共和党とうまく連携をとって自身の政策を実行するためにも、トランプはプリーバスを選んだのでしょう。
 また、これから1月にトランプが大統領に就任した後、政権をつくるために各省庁のトップ、ポリティカル・アポインティと呼ばれる人たち約4000人を選ばなければならないわけです。これまでのオバマ政権を支えてきたワシントンの各役所のトップクラスが一気に追いやられ、新たな人材が送り込まれる。これがリボルビング・ドア(回転ドア)と呼ばれるアメリカのしきたりです。
 ところがトランプという人には政治経験がありません。ですから、そういった仕事に適任のどんな人がいるかという情報がありません。結局、トランプはこれからプリーバスを中心に共和党の主流派の助けを得て、その人材を集めていくことになります。つまり共和党の主流派といい関係を築いていこうとするでしょう。
 でも、そうなるとトランプに投票した人たちにしてみれば、従来の共和党の大統領候補と変わらないじゃないかという不満が出てくることになります。既存のワシントン政治を否定して選挙で支持を得たのがトランプですから。その不満を解消する対策として、バノンを起用したのです。
 スティーブン・バノンは、選挙の対策本部の最高責任者を務めていましたが、保守系のニュースサイトの経営者でもあります。トランプの過激な発言を支持し、白人至上主義的な考えを持つバノンを側近として起用し、政権の中枢に置く。また、過激なことを言い、あるいは期待させるようなことを言い続け、保守系のメディアを使い、広めていく。トランプは、そういう姿勢をとることで支持者を納得させつつ、実際の政治はプリーバスによって堅実に進めていく。そうやって車の両輪で政権を動かしていこうとしているのですが、どうもうまくいっているとは言えないようです。早くも人事などを巡っての内部対立が報じられています。
 ただ、トランプというのは、これまでのビジネスの進め方を見ると、例えばホテルやカジノを経営するときに、自分が目をかける2人をあえて対立させ、それぞれを競わせて最終的には自分が決めるという方法をとってきました。今回の政権でも同じことをしようとしているのではないかと考えられます。
 そのやり方はビジネスの場では成功したのかもしれませんが、政治の場で果たしてうまくいくのでしょうか。結局それが空中分解してしまうのではないか。その可能性もあるのではないかと思っています。そうならないように、両者の間の接着剤になるはずの存在が、トランプ・ファミリーでしょう。トランプの娘のイヴァンカと、彼女の夫のジャレッド・クシュナーを使い、内部での対立をなんとか和らげようとしているのではないでしょうか。そういう戦略を彼は今、考えているのだと思います。

◆「トランプ・ショック」が起こった理由

 トランプは、選挙中にさまざまな政策を打ち出しましたが、それが今後どういうふうに実現されていくのかと、戦々恐々としている人々もいると思います。アメリカの大統領選挙で、隣の国との間に壁をつくるという公約を掲げた人物が当選。次のトップになることが決まり、衝撃が走って「トランプ・ショック」が起きたわけですよね。しかし、少し見方を変えてみてはどうでしょう。
 日本の選挙でも、候補者が「私が選挙で選ばれたらこういうことをします」と、いろいろな公約を掲げます。でも、聞いているこちら側は、選挙が終わったら、ポスターをベリベリと剝がすように、その公約もどうせ捨て去るのだろうと、かなり冷ややかに見ているのではありませんか。そんなことを言っていたとしても、実現するわけがないのにと。日本の選挙だと、そう思っていながら、アメリカでは公約は守られると思っている。
 トランプも選挙中に主張していたことと、選挙後では既にそのトーンが変わってきている点が多々あります。トランプも政治経験がないとはいえ、既に選挙戦をくぐり抜けた政治家です。選挙中に言っていた公約を、大統領になったらその通り全て実行するなどということはないのです。それが、ついよその国だと、本当にその通りに実現するのではないかと思い、みんなが怯えている。それが「トランプ・ショック」の大きな理由ではないかと思っています。
 ただし、大統領選の公約の考え方には、二種類のパターンがあるように思います。一つは、公約と実際にできることはちがうのだと、最初から割り切っている考え方。つまり、できないとわかっていても、それが選挙戦に有利に働くなら、公約に掲げてしまえ、ということです。
 もう一つは、公約にした限り、なんとかそれを実行して期待に応えようという考え。ただこのケースでは、本当にやろうと思っていたのに、オーバル・オフィス(大統領執務室)に入ったとたん、それがどれほど困難なことかを知り、実現できなかったということも多々あります。
 例えばオバマ大統領は、大統領選挙の最中に「キューバのグアンタナモ基地での収容所を廃止する」と言っていました。アメリカがアフガニスタンでの戦争で、大勢のタリバンの容疑者たちをキューバのグアンタナモの基地に連行します。アメリカの本土に連れていくと、アメリカの国内法に則って弁護士をつけて取り調べを行わなくてはなりません。ところがキューバにある基地であれば、アメリカの国内法は適用されないと勝手に解釈して、グアンタナモ基地では、取り調べという名の下、堂々と拷問が行われていました。
 このグアンタナモ基地での収容所を廃止すると、オバマ大統領は選挙中には言っていたのです。それから8年が経ちましたが、収容所はなくなっていません。結局、できなかったということです。
 オバマ大統領は、トランプ当選が決まった後、国民に冷静に受け止めるように求めています。実際に経験してこの二つの考えを知っているから、そう心配することはないよと、国民の不安を抑えようとしているのだと思います。トランプ次期大統領が、いくらとんでもないことを口にしたところで、はなから実行する気のないこともあるだろうし、その気だとしても、実際には大きな壁が待ち受けているのだから、というわけです。

◆アメリカ大統領の世界への影響力が低下する?

 そうは言っても気になる点も多々あります。国際情勢の中でアメリカの果たす役割は大きく、今後、トランプ政権がどのような影響を及ぼすのかを考えると、彼の振る舞いには気をつけなくてはならないでしょう。
 2000年の選挙で誕生したジョージ・W・ブッシュ大統領は、トランプと同じように、世界情勢についてどうすべきかということについて、何も展望を持っていませんでした。ブッシュはテキサス州の知事を務めていましたが、言い間違いの多さなどからあまり知的とは思わない人も多く、苦戦を強いられました。しかし、大統領候補によるテレビ討論会では、相手候補のアル・ゴアがブッシュの発言のたびに溜息をつく上から目線の態度などが影響してか、接戦でブッシュが当選したのです。そんな経緯も今回のトランプとヒラリー・クリントンとの選挙に似ているところがあるかもしれません。
 ブッシュの政権スタッフは、ネオコンといわれる保守強硬派が周囲を固めます。ネオコンの言う通りにブッシュ政権の政策は進んでいきます。ネオコンの思想は、世界を民主化するためには、軍事力の行使もいとわない、というものでした。こうしてアメリカは、アフガニスタンやイラクでの戦争を展開していくわけです。その結果が大失敗だったことは、今も続く中東の混乱状態を見れば明らかです。
 その後のオバマ大統領は、中東和平を少しでも先に進めようとしました。あるいは、アメリカの大統領としての影響力を行使して世界から核兵器をなくすために一歩でも前に進もうとしました。
 ジョージ・W・ブッシュもバラク・オバマも考え方は違うのですけれど、世界に大きな影響を与えるアメリカ大統領という自覚は持っていたと思います。ところがドナルド・トランプは、アメリカさえよければいいんだ、他の国のことなど知ったことではない、という人です。アメリカ大統領が世界に及ぼす影響力という意識を全く持っていないでしょうね。そういうトランプの政権運営によって、世界におけるアメリカの影響力の弱体化といった事態が進行する可能性もあるかもしれません。

◆トランプは、レーガン、ブッシュ、どちらのタイプの大統領になるのか

 また、1980年に大統領に選出されたロナルド・レーガンも、カリフォルニア州の知事を務めましたが、国政の経験がありませんでした。ですからレーガンが大統領になったとき、あんな政治経験も大してない、ハリウッドの二流の役者が大統領になってどうなるんだと、多くの人たちが心配しました。ところがレーガンは、俳優ですから、優れた脚本家がいれば、その脚本の通りに演じるんです。そこでレーガンは、国務長官のジョージ・シュルツなど、周りに優秀な脚本家を置いて、大統領を演じきったんです。その結果、今、アメリカの歴代の中で最も愛されている大統領としての評価を得ています。
 ジョージ・W・ブッシュという人も何も持っていなかったので、周りに集まった人たちの言うことを聞いていました。ただ、そこに集まったのは、ネオコンの面々だった。最近、ジョージ・W・ブッシュの父親、パパ・ブッシュとも呼ばれる元大統領のジョージ・H・W・ブッシュが、息子のブッシュの周りにはろくでもない連中ばかりが集まり、そのために政権が誤った方向に進んだと書いた本を出版しました。
 つまり、ロナルド・レーガンもジョージ・W・ブッシュも自分というものを持ちあわせていませんでした。しかし周りに優秀な人材を揃えれば、名大統領になり、そうでない連中を集めると、とんでもないことになる。正に今、ドナルド・トランプは、レーガンになるのか、ジョージ・W・ブッシュになるかの岐路に立っていると思います。だからこの後、どういう人物たちが閣僚になっていくのかということが注目されるわけです。
 ですが、政権の中枢に起用される人物たちのこれまでの言動を見聞きしていると、これではどうなってしまうのかと不安もよぎってきます。外交や安全保障政策を担当する大統領補佐官には、元陸軍の国防情報局長のマイケル・フリンが起用されました。フリンは、オバマ政権の中東政策が手ぬるいといって、国防情報局長を辞任した人物です。
 中央情報局(CIA)長官に起用された、下院議員のマイク・ポンペオは、テロの容疑者に「水責め」などの拷問をしたCIAを擁護しました。
 司法長官に起用された、ジェフ・セッションズ上院議員は、不法移民の子供を市民として認める法案などに反対してきました。そこで、国連大使にサウスカロライナ州知事のニッキー・ヘイリー、教育長官に投資会社の会長を務めるベッツィ・デボスの2人の女性を起用することで、強硬派の男性ばかりという印象を多少は緩和しようとしているようです。
 そして共和党の主流派は、国務長官にジョン・ボルトンを置きたがっています。ボルトンは、ジョージ・W・ブッシュ政権時代の国連大使を務めていました。ボルトンはネオコンの代表のような人物。アメリカをアフガン戦争、イラク戦争へと押し進めた張本人です。そのボルトンを国務長官に推す陣営と、元ニューヨーク市長のルドルフ・ジュリアーニを国務長官に推す勢力に、トランプの政権移行チームの中でも分かれているようです。ジュリアーニを国務長官にすれば、もしかするとレーガン大統領のようになれるかもしれません。ボルトンを国務長官にすれば、ジョージ・W・ブッシュになるかもしれない。そういう岐路にトランプは立っているのではないかと思います。

*編集部注──トランプ次期大統領は12月13日、国務長官にエクソンモービルの会長兼最高経営責任者(CEO)のレックス・ティラーソンを指名すると正式に発表した。

 次の更新は1月10日を予定しています。

次回は、
「私はディール(取引)が好きだ」というトランプの言葉が、
政策にどういう影響を及ぼすかを探っていきましょう。
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