第4回「すべてはディール(取引)によって進められる?」

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第4回
すべてはディール(取引)に
よって進められる?

17.1.10

 前回は、トランプの周辺にどんな人々が集まってくるのかによって、方向が変わると話しましたが、新政権の閣僚も決まり始めてきました。では実際に、どんな政策が採られていくのでしょうか。


◆実行される公約と切り捨てられる公約

 大統領に就任した日にTPP(環太平洋パートナーシップ協定)から離脱すると宣言していますから、まず一番に実施される公約は、これになるでしょう。
 またトランプは、選挙中、地球温暖化はデマだとずっと言い続けてきました。地球が温暖化していると言って、アメリカに対策をとらせ、金を出させる。これはアメリカの経済を弱体化させようとする陰謀であるとまで言い切っていました。実は共和党の議員の中にも、地球は温暖化していない、あれは陰謀だと言っている人が大勢います。したがってアメリカは地球温暖化についての対策をまとめたパリ協定から離脱する。あるいは、資金を拠出することをやめると言えば、議会からかなりの賛成が得られるでしょう。そうすると、パリ協定に関するなんらかの動きは、おそらくあるのではないかと考えられます。
 更にそこから先に何をやるのかということがなかなか見えてきませんが、トランプという人は、世界の中でのアメリカなどということを、政治的にも経済的にも考えていません。彼は自伝の中で、「私はディール(deal)が好きだ」と言っています。ディール=取引ですから、つまり「私は取引が好きだ」と。要は多国間でどうするかということより、1対1の交渉で、アメリカにとっての有利なディールを探る。そういう方針でこれから臨んでくるということです。
 例えばNAFTA(北米自由貿易協定)の改定を目指すのかもしれません。NAFTAはアメリカ、カナダ、メキシコとの協定で、3国間の自由貿易を推進するための協定なのですが、トランプは「この協定によってアメリカの産業がどんどんメキシコに逃げている。だからこの協定をアメリカに有利なものに変えるべきだ」と主張しています。さすがに廃止すべきだとまでは言っていませんけれど、さまざまな経済における国際的な連携を、一旦白紙に戻して、1つ1つの国と改めてディールしていくという考えなのでしょう。あくまで2国間のディールで貿易をしていくということです。
 すでに、メキシコに工場移転の方針を打ち出していた企業に乗り込み、計画を撤回させています。とても「企業の自由を保障する資本主義国」とは思えぬ振る舞いですが、トランプを支持した労働者たちからは喝采を受けています。
 このディールが好きというトランプの姿勢は、全ての政策に関わっていきます。それは経済に限らず、外交も同じように2国間の取引を中心に進むということです。
 あくまでディールですから、交渉相手が言うことを聞かないのであれば、アメリカはいろいろな手を打ってくるでしょう。貿易であれば、関税を上げて自国の商品の保護に走ることになるかもしれません。ただ、そうすると今度は、世界の貿易の自由化を促進してきたWTO(世界貿易機関)の取り決めに違反することになります。WTOに反するようなことを、トランプはずっと選挙中に言っていたわけです。本当はトランプがしようとしていることはできないはずなんです。トランプの主張を実行すれば、第2次世界大戦後、ずっと貿易の自由化や秩序の形成を世界的に進めてきた流れに逆行します。そんなアメリカに世界はどう対処するでしょうか。
 同じようにトランプは、それは絶対にできないということを、平然と選挙中に言っていたのです。ですから、そういうすぐに行き詰まるような主張は、捨てざるを得ないかもしれません。

◆メキシコとの間に壁はできるのか?

 例えばトランプは演説で、メキシコとの間に壁をつくると言っていました。立派な美しい壁をつくるとまで言っていました。そしてそのための資金はメキシコに出させると。ですが、実際にメキシコに壁をつくれ、そのお金を出せと迫っても、メキシコが嫌だと言ったら、それでおしまいです。俺は言うことは言ったんだ、言うことを聞かない奴らのほうがおかしいと、支持者と憤りを共有して、きっとそれで終わるんです。
 選挙に勝つまでのキャンペーンとその後にトランプができることとは切り離して考えないといけないでしょう。
 それでもトランプは当選した後、テレビのインタビューに答え、メキシコとの壁について、どうするのかと問われると、壁はつくる、でも一部はフェンスでいいと言い出しました。美しい壁をつくるとまで言っていたのが、一部はフェンスでいいとなったわけです。ですが実は今、既にアメリカとメキシコの国境にフェンスはあります。リオ・グランデ川が国境になっているため、途切れるところもありますが、相当の陸地の部分にフェンスが張られているのです。見事に有権者を騙していますね。
 あるいはトランプは、イスラム教徒を入国させないと言っていました。実はあの発言の文脈は、テロがヨーロッパを中心に頻繁に起きていたあの当時、テロが誰によって、どのように起きたのか、それらが詳しくわかるまでの間、イスラム教徒は一切入国させないという言い方をしていたんです。したがってその後、各地のテロが誰によって引き起こされたのかがわかってきて、テロ対策も随分進んでいます。だからテロ対策が進んでいるので、イスラム教徒を一律入国させないなんていうことはしなくていいんだと言えるわけです。
 結局、イスラム世界で、特に中東でアメリカに利益があるような貿易をしてくれる国の人たちが入国してくる分には、これを阻止しません。トランプの選挙中の発言は、このように後からどうとでもとれるような内容が多いのです。

◆共和党とトランプはうまくいくのか

 大統領選挙と同時に行われた上下院議員の選挙の結果、両院とも共和党が多数を占めることになりました。しかし選挙中、トランプと共和党の主流派とは、互いに批判しあうような状況が続きました。党の候補者を選ぶ予備選挙の際からずっと諍いは続いてきましたが、トランプが当選した結果、互いに擦り合わせをしているといったところです。きっとトランプ自身も自分の政策がどこまで実現できるかわかっていないと思いますので、そのため議会の多数派となった共和党と連携しながら、まさに共和党ともディールしながら、今後の政策も決まっていくのかもしれません。
 既に人事の面で始まっている共和党との連携については先に書きました。そこで、ここでは共和党について少しまとめておきましょう。
 まず今回、共和党の候補者としてトランプが立候補し、対するヒラリー・クリントンは民主党の候補者でした。この共和党と民主党が、他にも政党は存在しているのですが、圧倒的な勢力を有しているアメリカの二大政党です。
 例えばトランプの他に、ともに大統領になったブッシュ親子や、先に話題になったロナルド・レーガンも共和党です。現職のオバマ、そしてヒラリー・クリントンの夫のビル・クリントンは民主党の大統領です。
 ざっくり言うと民主党は、大きな政府を指向しているわけではありませんが、結果的に大きな政府になっても構わないと考えている政党です。要するに、社会保障を充実させることで、どんな立場の人であっても生きていける社会を目指しているのが民主党です。
 一方、共和党は、1人1人の努力によってアメリカ合衆国の資本主義は築かれた。だから頑張る人がそれぞれ報われるような社会にしよう。そのためには国があれこれと口を出したりすべきではない。そういう考え方の政党です。なるべく国家は規制をしないで、自由な活動を推進することでさまざまな活動を活発にしようとするということで、結果的に小さな政府になる。
 だからそれまでアメリカにはなかった皆保険制度を目指したオバマ・ケアについて、民主党は、健康保険に入れず医療費を払えないで困っている人たちがいるのであれば、その人たちを保険に入れて救おうと考えます。共和党は、オバマ・ケアなんてとんでもない、保険への加入に国が口を出すべきではなく、個人がそれぞれ考えるべきで、一切やめるべきだと主張するわけです。
 例えばトランプは、最初は共和党の主流派に妥協して、オバマ・ケアをやめると言い出しました。けれど彼は従来の共和党の考え方とは違いますから、結局、大事なものは残すといって、オバマ・ケアは修正するか、別の法に置き換えるといった発言もしています。このようにトランプは、明らかに共和党の主流派とは考え方が違います。そのため、これからいろいろと摩擦が起こると考えられるのです。

◆大統領就任から100日経つと、何かが起こる

 そんなトランプと共和党との関係にもかかわらず、どうしてトランプという人が共和党の大統領候補になれたのかというと、1年間の共和党の候補者を決める予備選挙や党員集会に、これまで共和党員ではなかった人たちが、トランプを大統領にするためにどっと集まったからなのです。
 予備選挙や党員集会は州ごとにルールが違いますが、共和党の予備選挙や党員集会は、当日にその場所にやって来て、共和党に入りたいといって名前を書いて登録すると、すぐにその場で投票できるところが多いのです。そのため、トランプが出てきたときに、おもしろいから、彼を共和党の候補者にして、大統領にしようじゃないかという、共和党とは縁もゆかりもなかった人たちが投票したのです。ですからこの1年で共和党員は激増しました。つまりトランプを支持する人たちに共和党が乗っ取られたといってもいい状態になっています。そういう人たちまで投票に行って、大統領選挙と同時に行われた上下院議員の選挙でも、共和党に票を投じた結果、共和党の議席が増加しました。
 トランプが共和党の大統領候補になった当初は、共和党の主流派は激しい嫌悪感で反発していましたが、しかしトランプ次期大統領のおかげで自分たちの議席も増えたとなると、いささか頭が上がらないところもあるわけです。とりあえず、やはり大統領ですから、大統領の言うことを聞く姿勢はしばらくは続くでしょう。
 ですが共和党にも、共和党の伝統的な主流の考え方があります。自由貿易を推進するのが基本的な姿勢であり、TPPを支持していました。それにもかかわらず、トランプはやめると言っていることに対する反発もあるはずでしょう。そうすると、とりあえずはおとなしくしているものの、トランプ大統領の陣容が揃っていよいよ動き出す頃には、いろいろな問題が出てくると考えられます。
 100日ルールというものがあります。大統領が1月に就任してから100日間、だいたい3か月間はハネムーンの時期ということで、とりあえず批判は抑えて、まずはお手並み拝見ということになります。メディアもあまり批判はしません。しかし100日を過ぎた辺りから政権に対して厳しくなってきます。共和党、マスコミ、もちろん民主党や国民の目が厳しくなり始めると、改めて何かが起こるのではないかと思っています。

◆分断を生む選挙結果

 今回のトランプ大統領誕生に際し、危機感を抱いている人たちが大勢います。その結果、トランプ大統領に反対するデモが全米各地で起こりました。トランプの人種差別的、女性蔑視の言動などに対して、そんなことをする人が私たちの大統領とは認めないという意思表示をしているのです。またそんなトランプの言動があるからこそ、彼が大統領ということを認めたくない人にとって、総得票数がヒラリー・クリントンのほうが多いことも、いくら選挙のルールと言えども腑に落ちないのだと思います。これまでのアメリカの大統領選挙では、考えられないことです。
 その中で、マイノリティたちが切実に危機を感じていることがあります。それは最高裁判所の判事の任命についてです。
 アメリカの最高裁判所の判事は9人です。奇数にしているのは、多数決で判決が出るようにするためです。これまでの9人は、保守派5人、リベラル派4人でした。判事は終身制をとっているため、誰かが亡くなると、新たに任命されます。2016年、保守派の判事が亡くなりました。そのため現在は、判事の席が1つ空いており、保守派4人、リベラル派4人となっています。オバマ政権としては、リベラルな裁判官を入れたいと考えていました。ヒラリー・クリントンももちろんそう考えていたのですが、判事の任命権は時の大統領にあり、この人物を判事にしたいと提起をして、上院で承認される形をとっているのです。ですから、共和党政権で、なおかつ共和党の議員が上院に多いとき、保守的な判事が選ばれます。民主党の大統領で民主党の議員が上院に多いときには、リベラルな裁判官が選ばれるということになってきました。そこで、ヒラリー・クリントンが大統領になって新しい判事を選びたかったのでしょうが、そうはなりませんでした。今度は共和党のトランプ大統領で、共和党の議員が上院で多数ですから、保守的な判事が選ばれることになるでしょう。
 そして今後、例えば同性婚や妊娠中絶について裁判で争われると、保守的な判事が1人多い状態でどういう判断が下されることになるかは想像に難くありません。そういう判例が日々の生活に影響を与え、トランプ当選後に増えている差別的な振る舞いとともに、生きにくい社会の雰囲気を醸成する原因の1つにつながっていく可能性が高くなります。
 トランプの考え方と共和党の主流派の考え方は違うといいました。ですから、もしかしたら判事の任命についても、トランプと共和党の間で意見の違いがあるかもしれません。しかしトランプは、裁判官はどうあるべきだということにそれほど強い考え方を持っているわけではありません。憲法修正第2条の「銃を持つ権利」さえ守ってくれる裁判官であればいいくらいの思いでいるのでしょう。すると、共和党からこの人を次の判事としてはどうかと言われれば、銃を持つ権利への認識以外は気にせず、その判事候補が他の問題についてどういう考えでいるかを深く問うこともなく、その候補者でいいとする可能性もあります。
 近年、アメリカでは、同性婚を認めるなど、最高裁判所の判決がリベラルな方向に進んできました。しかしトランプ大統領の誕生によって、この流れが逆転する可能性はかなり高くなります。
 このようにアメリカの民主主義の決定は、さまざまな問題を大きく変化させる力を持っているのです。そして今回の選挙結果は、いくらトランプが選挙後に融和を求めると国民に呼びかけてみたところで、ここまで積み上げてきた社会の成り立ちにひびを入れ、至るところで新たな分断を引き起こしていくのではないでしょうか。

 次の更新は1月20日を予定しています。

次回は、
トランプ新大統領の誕生を、
世界がどう受け止めているかを見ていきましょう。
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