第6回「広がる反グローバリズム」

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第6回
広がる反グローバリズム

17.1.30

 情報や人の移動が高速化した現代において、グローバル化は当然のこととされてきました。ところが、トランプ大統領の出現により、グローバル化に歯止めがかかり、むしろ反グローバルに向かうことでしょう。今回は、この反グローバリズムが世界に広がろうとしている状況を見て行きます。


◆世界平和より自国の経済を優先

 世界情勢は、トランプが大統領になることで大きく変化せざるを得ないでしょう。 前回述べたように孤立主義的な伝統を持つアメリカですが、それでも現在の繁栄を維持するには、世界の安定は必要なはずです。しかし実行されれば世界情勢のバランスを崩すかもしれない、アメリカが世界の警察官を辞めるというような内容の発言を繰り返すトランプが、なぜアメリカ国内でも支持されるのでしょうか。
 例えば、現在の世界の経済状況によって恩恵を受けている白人の高所得者たちが、トランプへの投票の割合が高かったという調査結果があります。トランプの考え方で政策が実行され、世界の秩序が不安定になれば、もしかすると経済状況も悪化するかもしれないのに、彼らの多くはどうしてトランプへ投票したのでしょう。答えは簡単です。アメリカの高所得者やお金持ちたちが世界平和についてよく考えているかというと、かなり疑問だというだけのことです。やはり自国のこと、アメリカの自分たちのことだけ考えていればいいという思いが当然ある。ただ、それは彼らだけがそうであるということではなく、どの国でも変わらないのです。
 トランプは、あらゆる階層に対して減税をすると言っています。しかしヒラリー・クリントンは、低所得者には減税、高所得者には増税と言っていました。この発言だけでも高所得者にとって、トランプのほうがいいということになります。トランプへの高所得者層の支持は、とても単純です。
 また、リーマン・ショックの後、アメリカでは金融に対する規制がたいへん厳しくなりました。1929年のニューヨーク証券取引所の株価の大暴落に端を発した世界大恐慌の後、証券と金融の間に垣根をつくるグラス・スティーガル法が1933年にできます。この法律があったことで、金融の新たな危機は起こらないで済んでいたのです。ところが1999年にその法律が廃止され、さまざまな金融機関が自由に取り引きできるようになりました。その結果、リーマン・ブラザーズのような投資銀行がかなり無茶なビジネスをして、リーマン・ショックが起こった。その反省から、オバマ政権下で、また金融取引に対する規制が厳しくなったのです。
 この状況に対してウォール・ストリートは、不満を持ってきたわけです。それをトランプが、そんな規制はやめるべきだと言っているわけですから、また自由に金もうけができるという期待が高まっています。「トランプ・ショック」で最初は株価の暴落が起こりましたけれど、その後、株価がどんどん上がりました。トランプの主張が実行されてアメリカの金融の規制緩和が進むことへの期待が高まり、金融関連や、トランプがインフラなどの整備による雇用を増やすことを目指しているので建設関連などの株価が上昇しています。また所得税の減税が実施されれば、富裕層に有利となるため、高級品を扱っている企業の株なども上がっています。今後もしばらくはその状況が続くでしょう。また、日経平均の株価も上がっていますから、株価の点では日本にも恩恵があります。
 その結果、ドル高、円安が進んでいます。日本の輸出産業にとっては有利になっていますので、日本の経済にとっては、株価も上がっていることとあわせ、いい状態になっています。ですがトランプは、ドル安にして輸出を増やしていくことで、強いアメリカを取り戻そうと考えていますから、今後はどういう方策を打ち出してくるのか、まだわかりません。ただ、長期的に見ていくと、トランプは、保護貿易の政策をとり、アメリカの国力を強めるためにはあえてドルを安くするという方針をとっていくかもしれません。その場合、円高になり、日本の経済は大きくその影響を受けるでしょう。
 それでも今のドル高の状況は、それだけ世界中からアメリカにお金が集まるようになってきているということであり、トランプの政策、金融政策に期待を持っている人が多いということです。
 世界平和や世界情勢に対する考えより経済が重要。この考え方は、何もアメリカに限ったことではありませんし、今に始まったことでもありません。常に選挙では安全保障の問題より自国の経済のことが優先される。これはどこの国でも同じことですし、日本の政治を見てみれば、よくわかるのではないでしょうか。

◆世界に広がる内向きな姿勢

 トランプによって浮き彫りにされたアメリカ・ファースト=アメリカ第一主義は、トランプが大統領になったことで、これが今後の政策の中心になっていくでしょう。つまりアメリカさえよければいいという内向きの姿勢であり、保護主義的な傾向です。ただ、この内向きの傾向は、アメリカだけではなく、ヨーロッパ各地にも広がっています。そう考えると、世界中を覆っている出来事なのです。
 その1つがブレグジット(Brexit)です。イギリス(Britain)が、EU(欧州連合)から離脱(Exit)する。略してブレグジットとなります。
 そもそもEUというのは、第2次世界大戦後、ヨーロッパから戦争をなくそうと、その理想のもとに始まった動きが現実化した結果です。戦争をなくすには、まず国境線をなくしてしまえばいいと考えた。国境がなくなれば、資源などをめぐる領地争いが解消され、また人の行き来が自由になり、そもそも戦争などできなくなるという考えからです。1952年に、最初は燃料問題の融和を図るべく、ECSC(欧州石炭鉄鋼共同体)が設立されたときは、まだ東西冷戦のさ中でしたから、西ヨーロッパの資本主義経済が発達した民主主義の国だけでその考えを共有して、徐々に実現化に向けて動いていけばいい状況でした。そして1958年にEEC(欧州経済共同体)、1967年にEC(欧州共同体)、1993年にEUへと進んできたわけです。
 ところがEUへと移行していく過渡期の1989年に東西冷戦が終わります。すると東ヨーロッパの国々がみな資本主義体制に変わっていきました。そして、「我々もヨーロッパの一員なんだからEUに加盟させてくれ」と、旧東側の国々も声を上げるようになります。EUには、ヨーロッパは1つという建前がある以上、経済力が弱くても、政治体制が民主主義でなくても加盟を認めざるを得なかったため、東ヨーロッパの国々がみんなEUへ入ってきたわけです。
 一方、当時のEUの政治家や経済界にしてみると、東ヨーロッパの国の人々が入ってくれば、社会主義体制のもと、教育は進んでいたので、識字率は高く、良質な労働力を低賃金で雇うことができると考えます。これは当時のEU諸国、ドイツやフランスにとっては、大きなメリットでした。そのため東ヨーロッパの国々を喜んで迎え入れようではないかということになり、EUの範囲が広がっていったわけです。これがいわゆるグローバル化へとつながっていきます。
 東西冷戦が終わる前の頃までは、当時のEU諸国にはそれなりの経済力があり、極端な低賃金労働者がいませんでした。その中では相対的にスペインとポルトガルの人件費が安かったので、下請け的な産業を展開して、スペインとポルトガルでは、かなり利益がある仕事をしていたりもしました。けれどこれは、全体の中では容認できる範囲の状況だったのです。
 ところが、そこにチェコやスロバキアはまだしも、ポーランドやハンガリー、更にルーマニアやブルガリアという低賃金の労働力がどっとEUに入ってきて、イギリスにまで渡っていくことになります。イギリスには、失業してもきちんとした失業保険制度があり、医療費もかかりません。それはいいところだと、移民が流れてきたのです。しかし彼らは英語も話せず、職に就けない移民が増えてきます。言葉もできず職にも就けない移民が増加すれば、治安の悪化にもつながり、彼らに対する反発も起こってきます。これが今、イギリスだけでなく先進EU諸国で起こっている問題です。
 製造業より情報やサービスを扱うような仕事のほうが増加していく産業構造の変化の中で、仕事を失ったり、先行きに対する漠然とした不安を抱いていたりするところに、移民が押し寄せる。さらに中東からの難民の問題も重なって、反グローバルを意識するようになった人たちも増えてきました。
 そうなると、移民を排除したほうがいい、移民が入ってこないようにすればいいと考える人たちが多数出てきます。それが、EUから離脱すればいいという発想につながります。そして実際に国民投票が行われることになり、その結果、イギリスはEUからの離脱を選択しました。

◆イギリスのEU離脱とトランプ勝利をつなぐもの

 イギリスの離脱への流れとトランプの勝利には、似たような要因があり、似たような有権者の意識があります。その意識の第一が、保護主義的な考えです。これは自分たちの国を優先するということ。そこから孤立主義的な決断をするようになっていきます。まさにトランプの発言に出てくる、アメリカ・ファースト=アメリカ第一主義です。イギリスの今回の選択も、移民や難民より、自国民の生活を優先すべきという考え方から発生していますし、トランプを選んだ有権者たちも、アメリカのことを優先しようとするトランプを支持した。そういう流れをつくった1つの要因が、グローバル化と考えられるでしょう。
 どうせイギリスはEUから離脱するはずがない、そういう保護主義的な孤立主義に向かうような選択をするはずはないと、離脱に反対する人たちが油断をしていたことも、今回の結果を生んだ理由の1つに挙げられるでしょう。そのため、離脱反対派の中には、選挙に行かなかった人たちもいたようです。その結果、離脱を選ぶ得票のほうが上回ったというわけです。
 また、EUから離脱すべきではないし、離脱が選ばれるわけはないけれど、でも離脱が選択されるはずがないからこそ、EUに加盟してイギリスが不利益をこうむっていることについては異議申し立てをしたいから、離脱に賛成の票を投じようと投票した人が結構いたようです。彼らは、EU離脱という結果に後悔しています。これをブレグジット(Brexit)やイギリス(Britain)と、後悔する(Regret)を組み合わせたブリグレット(Bregret)と言います。だから、もう一度国民投票をやり直すべきだと言っている人たちが大勢いたわけですね。
 今回、アメリカでも選挙の終盤になって、ヒラリーとトランプの支持率が拮抗していると報じられると、ヒラリー陣営が民主党の支持者のところへ行って、「イギリスの例があるだろう。どうせEUから離脱しないと思っていたら離脱することが決まってしまった。どうせヒラリーが勝つと思って油断して投票に行かないと、トランプが大統領になってしまう」と、最後に改めて投票を訴えたそうです。ところが、支持者たちの反応は鈍かったそうです。イギリスはあくまでもイギリス。まさかトランプのような人間を冷静なアメリカ人が当選させるわけがない、と、たかをくくっていた人が多かったようです。今、ヒラリー・クリントンを支持しながら選挙へ行かなかった人たちは、おそらくとても後悔していることでしょう。

◆ヨーロッパで勢いを増すEU離脱への波

 グローバル化に対する反グローバル化の流れの端緒はヨーロッパにあり、まずはイギリスでEU離脱という大きな政治的、社会的な変化を生み、世界を驚かせました。そして次は、アメリカでもトランプ大統領の誕生という大きな動きが出ました。ロシアとバルト三国の関係も今後たいへん気になるところですが、これからまたヨーロッパで予想もつかないような変化がいろいろと起こってくるかもしれません。
 2017年は、フランスの大統領選挙が控えています。フランスの極右政党「国民戦線」のマリーヌ・ルペンがアメリカの大統領選挙の結果を受け、すぐに緊急記者会見を開いて、トランプの勝利を歓迎すると述べました。ルペンは、それぞれの国が自分たちのことを考える、それは当然だろうと言っています。要は、トランプの考え方は当たり前であり、それを支持するし、自分たちもフランスにおいてそのような振る舞いを今後も続け、有権者に支持を訴えるということでしょう。ルペンは、大統領選挙にももちろん立候補して、フランスがEUから離脱すべきだと主張する。そういう国民投票をすべきだという言い方をしています。
 フランスは、風刺画を売り物にしていた週刊新聞シャルリー・エブドへの2015年1月の襲撃事件、同じ年の11月のパリ同時多発テロ以降、テロ事件が続き、移民や難民の受け入れをめぐってさまざまな意見が交錯しています。そういう状況の中で、アメリカで自国中心主義を掲げたトランプが大統領に選ばれたことが、どんな影響を及ぼし、それがフランス大統領選挙の展開にどう関係するのか、注目されています。
 またドイツでも2017年は、連邦議会の選挙が行われます。アンゲラ・メルケル首相は、移民だけでなく、シリア情勢の悪化で劇的に増加した多くの難民を受け入れてきました。しかし難民に寛容だったドイツの世論も、難民申請者による事件が起こったりすることで硬化したり、反発したりする人たちも増えてきています。2016年12月にベルリンのクリスマスマーケットにチュニジア出身のイスラム過激派がトラックで突っ込んだ事件は、ドイツ国内に大きな衝撃を与えました。
 こうした中で2013年に結成された政党、「ドイツのための選択肢」は、2016年9月の州議会選挙で、反難民を掲げ躍進しています。この政党は、結成されたときは、ギリシア危機へのドイツの金融支援に反対し、EU離脱を主張していました。彼らは2017年の選挙でどのくらい議席を伸ばすでしょうか。もし支持が広がり、高い得票率を得れば、ドイツでもEUからの離脱が問われるような事態が起こり得るのかもしれません。
 イタリアでも2016年、同じような動きがありました。ローマ市長に当選したビルジニア・ラッジは、「五つ星運動」という政党に所属しています。五つ星運動は、EUからの離脱を訴えている政党です。このように今、ヨーロッパの中でもEUから離脱しようという内向きの動きが広がっているのです。イギリスのEU離脱、そして今回のアメリカのトランプ大統領誕生が、これからどんな影響をそれぞれの国に与えるのでしょうか。
 余談ですが、国民戦線の党首のマリーヌ・ルペン、ドイツのための選択肢の党首のフラウケ・ペトリー、そしてローマ市長になったビルジニア・ラッジ、3人とも女性です。アメリカは今回、初の女性大統領誕生とはなりませんでしたが、ドイツのメルケル首相はじめ、世界では女性のリーダーが当たり前になりつつあるようです。

 次の更新は2月10日を予定しています。

次回は、
反グローバリズムがもたらす影響と、
日本の対応について見ていきます。
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